10月29日、海外でスタートアップの相談役をしているGreg Isenbergさんが、Xに「SaaS is dead.(SaaSは終わった)」と投稿して、かなり話題になっていました。翌日には「これからのSaaSは、①SaaS本体はタダ同然で配る、②AIエージェントを上乗せで売る、③代行サービスを上乗せで売る」という図も出しています。
同じタイミングで、XではAIに話しかけるだけで有料ツールの代わりを作ってしまった、という投稿もたくさん流れていました。月額を払っていたツールを、週末に自分で作り直した、みたいな話です。
うちは、お店向けのサービスを作って提供している側でもあり、お客さんの業務ツールを個別に作る側でもあります。なので「SaaSは終わり、これからは自作」という話は、どちらの立場からも気になります。正直に言うと、半分は当たっていて、半分は大事なところが抜けていると思っています。
01|「AIで作る」は、もう普通になった
前提として、AIでアプリを作ること自体は、もう珍しくありません。
「バイブコーディング(vibe coding)」という言葉は、OpenAIの創業メンバーでもあるAndrej Karpathyさんが2025年2月にXで使い始めたものです。英国のコリンズ英語辞典は、この言葉を2025年の「今年の単語」に選んでいます。
うちでも、社内の小さなツールや管理画面の試作は、ほぼAIに書いてもらっています。「予約の一覧をCSVで出したい」「LINEで届いた問い合わせを1枚の表にまとめたい」くらいのものなら、数時間どころか数十分で動くものができます。
だから「SaaSにお金を払わなくても、自分で作れる場面が増えた」というのは本当です。そこは否定しません。
02|Karpathyさん自身が書いていたこと
ただ、Karpathyさんの最初の投稿を読み返すと、こう書いてあります。
It's not too bad for throwaway weekend projects, but still quite amusing.
(使い捨ての週末プロジェクトなら悪くない。でも、なかなか笑える)
同じ投稿の中で、「差分(コードの変更点)はもう読まない」「コードが自分の理解を超えて大きくなっていく」「AIが直せないバグは、回避するか、消えるまで適当に変更を頼む」とも書いています。
つまり、言い出した本人が「使い捨てならね」と断っているんです。ここが抜けたまま「SaaSはいらない」という話だけが広がっているのが、ちょっと危ないなと思っています。
03|作るのは一瞬、面倒を見るのはずっと
業務ツールで本当に手間がかかるのは、作った後です。SaaSの月額には、だいたいこういうものが含まれています。
- 直す:スマホのOSやブラウザが変わって表示が崩れたとき、誰かが直す
- 守る:使っている部品に脆弱性が見つかったとき、誰かが更新する(この前のPHPの件がまさにそれでした)
- つなぐ:LINEや決済、Googleなど外のサービスの仕様が変わったとき、誰かが合わせる
- 残す:データのバックアップを取って、消えたときに戻せるようにしておく
- 引き継ぐ:作った人が辞めたり忙しくなったりしても、ほかの人が触れる状態にしておく
自作すると、これが全部自分の会社の仕事になります。しかもAIに丸投げで作ったコードは、作った本人も中身をよくわかっていないことが多い。動いているうちはいいけど、止まったときに誰も直せない、というのが一番困るパターンです。
月額数千円のツールを自作して浮いたお金が、ある日の「止まった、誰か直して」で一気に消える。作る側から見ていると、これは割とよくある話です。
04|自作していいもの、SaaSに任せたほうがいいもの
じゃあどう分けるか。自分が相談を受けたときは、だいたいこの3つを聞いています。
1. 止まったら、その日のうちに誰かが困るか
予約、決済、お客さんの個人情報を扱うもの、毎日スタッフが使うもの。これは止まると即お客さんに迷惑がかかるので、実績のあるサービスか、保守まで含めて頼める相手に任せたほうが安全です。
2. お客さんの情報が入るか
社内のメモや集計なら、多少雑でも大きな問題になりにくい。でもお客さんの名前や連絡先が入るなら、権限やバックアップをちゃんと考える必要があります。ここはAIに作らせて終わり、にしないほうがいいです。
3. 半年後も、そのツールを触れる人がいるか
作った人しか中身がわからないツールは、その人がいなくなった時点で使い捨てになります。使い捨てでいいなら自作でOK。使い続けたいなら、誰が面倒を見るかを先に決めます。
ざっくり言うと、こんな線を引いています。
| 自作でOK | SaaSや保守付きで頼む | |
|---|---|---|
| 例 | 社内の集計、一回きりのキャンペーン用ページ、作業の下ごしらえ | 予約、決済、顧客管理、毎日使う業務の中心 |
| 止まったとき | 手作業に戻せばいい | お客さんに迷惑がかかる |
| 面倒を見る人 | いなくてもいい | 決まっている |
自作するなら、AIに書かせる最初の指示に「後から別の人が直せるように」を入れておくだけでも、かなり違います。
このツールは、半年後に別の人が直すことになります。
- 何をするツールか、どう動かすかをREADMEに書いてください
- 外のサービス(LINE、Googleなど)とつながっている場所を一覧にしてください
- データをどこに保存しているか、バックアップの取り方を書いてください
05|SaaSは終わらない。「売り方」が変わるだけ
最後に、SaaSを作って売っている側としての意見です。
Isenbergさんの図にある「本体はタダ同然、AIエージェントと代行で稼ぐ」という話は、終わりというより、SaaSの売り物が「機能」から「面倒を見てくれること」に移っていく、という話だと読んでいます。機能だけならAIで真似されてしまう。だから、設定を手伝う、運用を代わりにやる、困ったときにすぐ直す、という部分に価値が寄っていく。
これは中小企業やお店にとっては、むしろいい話だと思っています。ツールを選ぶときに「機能が多いか」より「止まったときに誰が直してくれるか」「自分たちの代わりにどこまでやってくれるか」で選べばいい、ということなので。
AIのおかげで、作ることはずいぶん安くなりました。でも、作ったものの面倒を見ることは、まだ安くなっていません。自作するときは、作る前に「これ、誰が面倒見る?」を一回だけ考えてみてください。
「このツール、自作でいけるのか、ちゃんと頼んだほうがいいのか」という相談も受けているので、気軽に声をかけてください。
